昨日、身近な知人から、かなり考えさせられる話を聞きました。
徳島で17年間、IT関連の仕事に携わってきた彼が、会社からリストラを告げられたそうです。
本人から聞いた範囲では、その背景には、彼自身が進めていた業務のAI化がありました。
長年の経験やナレッジを生成AIのワークフローへ落とし込み、自分の業務をかなりの範囲まで自動化したそうです。
その結果、
「この業務量なら、これまでと同じ人件費を払い続ける必要があるのか?」
という会社側の判断につながったそうです。
なんとも皮肉な話です。
- 自分の仕事を楽にしよう
- もっと効率よく仕事を回そう
そのために作った仕組みが、最終的には「自分がいなくても仕事が回ります」という証明になってしまったわけです。
東京のメガベンチャーでも、シリコンバレーのテック企業でもありません。
徳島という地方都市で、私のかなり身近なところで起きた話です。
私は普段、業務改善や組織開発、人材育成、AI活用などの支援をしています。
当然ながら、
「AIを使って業務を効率化しましょう」
と言う側の人間です。
だからこそ、この話はかなり刺さりました。
AIによる業務改善は、設計を間違えると「人を楽にする仕組み」ではなく、「その人を不要にする仕組み」にもなります。
本記事では生成AIがもたらす個人の働き方、企業の従業員の扱い方の変化について少し整理して考えてみました。
「地方だからAIの影響はまだ先」という考え方は、もう危ない
生成AIの話をしていると、
「東京のIT企業なら分かるけど、地方はまだ先でしょう?」
みたいな話を聞くことがあります。
気持ちは分かります。実際に、自分の周りにも未だに一度も触れていないという人は存在しています。
ただ、今回の話を聞くと、むしろ逆の可能性も考えたほうがいいと思っています。
地方の中小企業は、人材不足や利益率、人件費の負担といった問題を抱えやすいです。
そんな環境で、
「これまで人が何時間もかけていた仕事が、AIを使えば数分で終わります」
となれば、経営者がコストを比較するのは当然の話です。
月数十万円の人件費と、月数千円から数万円のAIツール。
数字だけを並べれば、かなり強烈なインパクトがありますよね。
もちろんAIを入れたらすぐ社員をクビにするなんて単純な話ではありませんが、人間とAIのコスト比較が経営判断のテーブルに載る機会は、これから確実に増えていくはずです。
そして地方には、もう一つ厄介な問題があります。
転職先の少なさです。
17年間のIT実務経験があって、自分の業務を分析して、生成AIを使った自動化システムまで作れる。
能力としては高い部類かと思います。
ただ、地方ではその能力に見合った給与や役割を用意できる会社そのものが少ない。
つまり、
「地方だから変化が遅くて安心」
ではないんですよね。
むしろ、
「変化が起きたとき、次の席が少ない」
という問題があります。
地方だからこそ、AIによる職務変化には慎重に向き合ったほうがいいと思います。
自動化による自滅の罠
最初に言っておくと、私は彼が無能だったとはまったく思っていません。
むしろ逆です。
17年間積み重ねてきた現場の知識。
仕様のパターン。
細かい例外処理。
トラブルが起きたときの対処方法。
それらを整理し、生成AIを利用した仕組みに落とし込めた。
これって、普通にかなり高度な仕事です。
ただ、結果だけを見ると一つの問題がありました。
それは、
「自分がやっている作業を減らすこと」でAI活用が止まってしまったことです。
私はこれを、「自動化の自滅の罠」と考えています。
業務改善では、よく「属人化をなくしましょう」と言います。
誰か一人しか分からない仕事を減らす。
マニュアルを作る。
標準化する。
再現できるようにする。
これは基本的には正しいです。
ただし、それだけで終わると、
「この人がいなくても仕事が回る状態」
だけが完成してしまいます。
そして会社によっては、そこから、
「じゃあ、この人を雇い続ける理由って何だろう」
という話になる。
ここが怖いところです。
組織開発では、個人に依存している知識やノウハウを組織へ移していくことが重要です。
これを広い意味で「知識の外在化」と呼ぶことがあります。
頭の中にしかなかった知識を、文章・仕組み・マニュアル・システムなど、他の人が使える形に変えていくことです。
ただし、本来の目的は「その人を不要にすること」ではありません。
知識を組織に残したうえで、本人にはさらに高度な仕事へ移ってもらう。
ここまで設計して初めて、知識共有が組織の成長につながります。
仕事を減らすだけでは業務改善は完成しない
本来、彼が目指すべきだったのは、
「自分の作業をAIへ渡す」
ところではありませんでした。
本当に重要なのは、その先です。
もしAIによって1日3時間空いたなら、
その3時間で何をするのか。
別の部署を改善するのか。
顧客対応を良くするのか。
新しいサービスを考えるのか。
新人教育に回るのか。
会社の別のボトルネックを探すのか。
そこまで経営陣と握れていたら、話はかなり違っていたかもしれません。
要するに、
「仕事を減らす」だけでは業務改善は完成していません。
その結果生まれた余白を、
「次にどこへ投資するのか」
まで決めて、ようやく一つの改善です。
ここで関係するのが、リスキリングという考え方です。
リスキリングとは、環境や仕事内容の変化に合わせて、新しい能力を身につけ直すことです。
AIによって今まで8時間かかっていた仕事が4時間になったなら、残り4時間をただ余らせるのではなく、
「次に何ができる人になってもらうか」
を会社側も本人側も考える必要があります。
AI導入と人材育成は、本来セットでデザインするべきです。
ツールだけ入れて、人の役割を再設計しない。これが一番危ないパターンです。
作業の価値は下がるが、判断の価値までは下がらない
生成AIによって、かなりの速度で値段が下がっているものがあります。
それが、
「指示されたものを、そのまま作る仕事」
です。
- 文章を書く
- コードを書く
- 資料を作る
- 画像を作る
- データを整理する
こうした作業自体は、以前と比較して圧倒的に低コストになりました。
ここはもう戻らないと思います。
ただ、
「じゃあ人間はいらないですね」
という話ではありません。
むしろAIが大量にアウトプットを出せるようになるほど、その前後にある仕事の価値が上がります。
- 何を作るのか?
- そもそも作る必要があるのか?
- 何を捨てるのか?
- 100個ある案からどれを選ぶのか?
- どこまでリスクを取るのか?
- 誰がその判断に責任を持つのか?
こういった判断は現時点ではまだ人間のほうに分がありそうです。
AIは選択肢を大量に出せますが、
「今の会社の状況なら、これを選びます」
「技術的にはできるけど、現場が壊れるから今回はやりません」
「短期的には損するけど、3年後を考えてこれに投資します」
みたいな判断を下すには、文脈が必要となってきます。
17年間働いてきた人の本当の価値って、そこだったはずなんですよね。
キーボードを叩く速さでもなく、コードを書く量でもありません。(ある程度は大事だと思うけど)
17年間仕事をしてきたから、
「これ、たぶん事故りますよ」
「この仕様変更は触らないほうがいいです」
「数字だけ見たらこっちだけど、現場を考えるとこっちです」
と判断できます。
この「目」が、本来ものすごく価値のある資産です。
長く働いた人ほど、単なる作業手順だけではなく、「状況に応じた判断基準」を身につけていきます。
これを熟達と捉えることができます。
初心者はマニュアル通りに仕事をします。
熟達した人は、マニュアルから外れるべきタイミングまで分かります。
AIに手順を教えることは比較的簡単になっています。
一方で、長年の経験から生まれる「違和感を察知する力」や「例外を判断する力」を完全に移すのは、まだ簡単ではありません。
だからこそ企業側は、熟練者を単なる作業者として扱わないことが重要です。
AIによる自動化は会社にとっても諸刃の剣
ここまで読むと、
「じゃあ、その人が自分の価値をちゃんとアピールすればよかったのでは?」
と思うかもしれません。
たしかに、その要素もあると思います。
ただ、私は今回の話を、
「本人のキャリア設計ミスでした」
だけで終わらせるのは違うと思っています。
会社側にも、かなり重要な論点があります。
社員が自分の仕事を半分の時間で終わらせられる仕組みを作った。
その社員を、
「仕事が半分になった人」
と見るのか。
それとも、
「会社の生産能力を増やした人」
と見るのか。
ここには大きな違いがあります。
1. 生まれた余剰能力をどこへ持っていくのか
仮に8時間かかっていた仕事が、AIで4時間になったとします。
会社は4時間分の「余裕」を手に入れたわけです。
じゃあ、それをどうするのか。
- 営業を改善する
- 新しいサービスを作る
- 新人を育てる
- 顧客対応を改善する
- 別部署の問題を解決する
まだやっていないことなんて、会社には探せばいくらでも出てきます。
それなのに、
「仕事が4時間減った。じゃあ人も減らそう」
で終わらせるのは、少しもったいないなと思います。
コスト削減には限界があります。
- 人件費を削る
- 家賃を下げる
- ツールを安いものに変える
頑張っても、最終的にはゼロまでしか下がりません。
でも、付加価値を増やす側には、理論上そのような下限はありません。
AIを、
「人を減らす道具」
として見るのか。
「会社の能力を増やす道具」
として見るのか。
ここに経営思想が出ます。
2. AIだけ残して、作った人を失うリスク
もう一つ気になるのが、以下の点です。
会社には、彼が作った仕組みが残ります。
でも、半年後はどうでしょうか?
1年後、3年後は?
市場も変わります。
業務も変わります。
生成AI自体も変わります。
なぜこのプロンプトになっているのか。
なぜこの処理だけ人が確認するのか。
なぜこの例外処理が入っているのか。
完成した仕組みだけを見ても、その判断の背景まで全部分かるとは限りません。
これが、いわゆる「暗黙知」の問題です。
知識には、大きく分けると二種類あります。
文章やマニュアルにできる「形式知」と、
経験や感覚として本人の中に残っている「暗黙知」です。
「この場合はこう処理する」は文章にできます。
でも、
「なんとなくこの案件は危ない気がする」
「この顧客の場合、この言い方は避けたほうがいい」
という判断まで完全に文章化するのは難しい。
長年働いてきた人を失うということは、業務手順だけではなく、その暗黙知まで失う可能性があります。
3. 「改善するとクビになる」と社員が学んだら終わり
そして、個人的にはここが一番怖いと思っています。
もし社員たちが、
「業務を自動化した人が辞めさせられた」
と認識したらどうなるでしょう。
たぶん次から、自分の仕事を効率化しないほうが合理的になります。
- マニュアルを作らない
- 知識を共有しない
- AIに教えない
- 属人化させる
- 自分しかできない仕事を残す
- こっそりブラックボックスを育てる
会社としては最悪なんですけど、個人の生存戦略としては合理的です。
ここが組織の難しいところです。
心理的安全性とは、
「この組織では、意見を言ったり、失敗を認めたり、新しい挑戦をしたりしても、不当に罰せられない」
と思える状態のことです。
よく「仲良しな職場」の意味で使われますが、本来は少し違います。
社員が、
「業務改善したら自分の立場が危なくなる」
と感じる環境では、改善提案なんて出なくなります。
人はそんなに使命感だけで動きません。
自分が損する仕組みの中で、
「会社のためにDX頑張ります!」
なんて、なかなかできません。
当然です。
4. 心理的契約の問題
会社と社員の関係には、雇用契約書に書かれていない期待があります。
「頑張ったら評価される」
「会社に貢献したら、その分ある程度は報われる」
「改善したら歓迎される」
みたいなものです。
これを組織論では「心理的契約」と呼びます。
法律上の契約ではなく、
「会社と自分は、こういう関係であるはずだ」
という暗黙の期待です。
もし社員が、
「会社のために仕組みを作って大幅に効率化した」
のに、
「じゃあ君いらないね」
となれば、本人だけではなく周囲の社員も、
「会社に貢献しても守られるわけではないんだ」
と学習します。
これが積み重なると、組織への信頼は落ちます。
5. 組織は、間違ったことまで学習する
組織は成功や失敗から学びます。
ただし、
「正しいことだけを学ぶ」
とは限りません。
今回のような出来事があると、社員は、
- 効率化すると損をする
- 仕事は抱え込んだほうが安全
- 自分の仕事を全部見える化してはいけない
という学習をする可能性があります。
かなり嫌な方向ではありますが、これも立派な「組織学習」です。
組織学習とは、組織が経験から行動や考え方を変えていくことです。
改善活動が評価されれば、
「改善したほうがいい会社なんだ」
という学習が起きます。
逆に改善した人が不利益を受ければ、
「改善しないほうが安全だ」
という学習が起きます。
制度よりも、実際に会社がどう扱ったかのほうが強烈なメッセージになります。
AI導入で本当に設計するべきなのは「人のその後」
私は普段、AI活用の話をするときに、
「この作業、AI化できますか?」
と聞かれることがあります。
技術的には大事な質問です。
でも、その問いが仮に実践可能だった場合、私からあえてこう質問を返そうと思っています。
「AI化したあと、その人には何をしてもらいますか?」
むしろ経営的には、こちらのほうが大事かもしれません。
AIで時間を短縮することは可能ですが、その浮いた時間をどう有効活用するんでしょうか?
ここまで決まっていないなら、AI導入計画としては半分しか達成できていません。
人の手を単純作業から、
- 判断
- 改善
- 設計
- 顧客理解
- 新しい価値の創出
こうした仕事へ移していき、そのために必要な教育をする。
評価制度も変え、役割も再設計する。
ここまでやって、初めてAI導入と組織開発がつながります。
「AIに仕事を奪われるから、AIを使わない」という思想もまた仕事を奪われる
今回の話を聞くと、
「じゃあ、自分の仕事はAI化しないほうがいいな」
と思う人もいるかもしれません。
気持ちは分かります。
でも、長期的にはかなり危険だと思っています。
なぜなら、
自分が自動化しなくても、いつか他の誰かが自動化するからです。
だったら、自分が先に使ったほうがいい。
「この仕事、AI化しました」
で終わるのではなく、
「この仕事をAI化したので、次はこちらを改善します」
まで言える人になる。
自分の仕事を減らす。
空いた時間で別の問題を見つける。
それを改善する。
また時間が空く。
次の問題を解く。
この循環に入った人は、かなり強いと思います。
私はこれから、
「作業を持っている人」より、「問題を見つけて解決し続けられる人」
の価値が上がっていくと考えています。
人材育成も「何ができるか」から「何を判断できるか」へ
これからは人材育成の考え方も変わっていくと思っています。
これまでは、
「Excelが使える」
「プログラムが書ける」
「資料が作れる」
みたいなスキルが評価されてきました。
もちろん今後も必要です。
ただ、AIがそこをかなり補助するようになります。
そうなると、
- この状況で、どのツールを使うべきか?
- そもそもAIを使うべきか?
- どこまで自動化するべきか?
- AIの出力を採用していいか?
といった判断能力のほうが重要になります。
人材育成も、「作業のやり方を教える」だけでは足りなくなります。
今後は「どう考えるか」まで育てる必要があります。
AI時代の育成において、かなり大きなテーマになると個人的には思っています。
改善した人が損をする会社では改善文化は育ちません
今回の話で、一番自分の中に残ったのはここです。
- AIを導入する
- 業務を改善する
- 属人化をなくす
- ナレッジを共有する
全部、会社にとっては良いことです。
でも、それをやった本人が損をするなら、次から誰もやらなくなります。
当たり前です。
だから経営側は、
「AIをどう導入するか」
だけではなく、
「改善した人をどう評価するか」
まで設計しないといけません。
- 削減した工数
- 改善した売上
- 削減したミス
- 作った仕組み
- 後輩へ移した知識
こうしたものをきちんと評価する。
そして、
「あなたの仕事を減らしたから、あなたはいりません」
ではなく、
「あなたが仕事を減らしてくれたから、次の仕事を任せます」
という構造を作る。
じゃないと、社員は改善なんてしません。
むしろ、
「自分しかできない仕事」
を一生懸命作るようになります。
それは本人の問題ではなく、制度設計の問題です。
地方の現場から、AIとの向き合い方を考える
生成AIによる変化は、もう海外や都市部だけの話ではありません。
少なくとも、私の身近な徳島の現場でも、働き方そのものに影響する出来事が起きています。
だから、
「AIを導入するか、しないか」
という話だけでは、もう足りないと思っています。
- 何をAIに任せるのか?
- その結果、人間は何を担当するのか?
- 浮いた時間を何に使うのか?
- 本人をどう育成するのか?
- 役割をどう変えるのか?
- 改善した人をどう評価するのか?
- 組織の中に、どんなメッセージを残すのか?
ここまで全部がセットです。
AI導入って、一見すると技術導入の話に見えますが、突き詰めると本質的には、「人と組織をどう設計するか」という話です。
AIは、人間の仕事を奪うために存在しているわけではありません。
でも、会社側も働く側も設計を間違えれば、結果として人を切り離す装置にはなります。
今回の出来事は、AI活用を支援する立場の自分にとっても、かなり考えさせられる事例でした。
業務改善のゴールは、
「人を減らすこと」
ではありません。
「同じ人員で、もっと大きな価値を生み出せる状態を作ること」です。
そして働く側も、
「自分の作業をAIに渡せました」
だけでは足りなくなる。
その次に、
「じゃあ、自分は次に何をするのか」
を考えなければならない。
仕事をAIに渡した瞬間に、自分の価値まで一緒に渡してしまわないために。
たぶん今後は、ここまで考えてAIを使う必要があるんだと思います。




