あなたの事業の目標は何ですか?

こう聞かれて、すぐに答えられるでしょうか?

売上を増やすこと。

新しいお客さんを獲得すること。

人手不足を解消すること。

もっと品質の良い商品をつくること。

あるいは、地域に雇用を生み出したり、社会に役立つサービスを提供したりすることを挙げる人もいるかもしれません。

どれも立派なことですし、経営を続けるうえで大切な活動です。

ただ、ここで少し考えてみてほしいんです。

それは事業の目標なのでしょうか?それとも、目標を達成するための手段なのでしょうか?

この二つを混同してしまうと、どれだけ一生懸命に仕事をしていても、思ったような成果につながらなくなることがあります。

むしろ、みんなが真面目に頑張っているのに、なぜか経営が苦しくなっていく。

今回は、そんな不思議な状況がなぜ起きるのかを考えてみたいと思います。

会社の目標は「〇〇〇」である

経営について考えるとき、私が重要だと思っている考え方の一つに、エリヤフ・ゴールドラットが提唱した「制約理論」があります。

制約理論(TOC:Theory of Constraints)とは、事業全体の成果を制限している要因を見つけ、そこに改善の力を集中させる考え方です。

ゴールドラットは、著書『ザ・ゴール』のなかで、営利企業の目標として「現在だけでなく、将来にわたってお金を儲けること」を重視しています。

お金を儲けること…。

ずいぶん身も蓋もない話ですが、営利事業の経営を考えるうえでは、避けて通れない問題です。

もちろん、経営者によって事業を始めた理由は異なります。

好きな仕事で生計を立てたい人もいれば、地域の困りごとを解決したい人もいるでしょう。従業員が安心して働ける場所をつくりたいという思いも、立派な事業の目的です。

私は、そうした思いや価値観を否定するつもりはありません。

ただし、どれだけ素晴らしい理念を掲げていても、事業を続けるためのお金がなくなれば、その理念を実現することも難しくなります。

売上が大きくても、必要な経費を差し引いて利益が残らなければ、事業を維持するのは困難です。帳簿上は利益が出ていても、支払いに必要な現金が不足すれば、経営は行き詰まります。

だからこそ、事業を継続できるだけの利益と資金を確保することは、経営者にとって欠かせない責任だと思うんです。

ここで大事なのは、「今さえ儲かればいい」という話ではないことです。

従業員を使い潰して人件費を削ったり、品質を犠牲にして目先の利益を確保したりしても、それによって顧客や従業員からの信頼を失えば、将来の経営が危うくなります。

ゴールドラットの考え方でも、従業員が安心して働けることや、顧客が満足することは、長期的に利益を生み出すための重要な条件として扱われています。

事業の理念と利益は、必ずしも対立するものではありません。

むしろ、理念を実現し続けるためにも、利益を生み出せる仕組みが必要なのです。

大切な仕事が、いつの間にか目標にすり替わる

ここで、最初に挙げた目標らしきものについて、もう一度考えてみましょう。

例えば、商品をできるだけ安く仕入れること。

仕入れ価格を抑えられれば、同じ価格で販売した場合の利益を増やせる可能性があります。

ところが、仕入れ価格を下げるために大量発注を行い、売れない在庫を抱えてしまったらどうでしょうか。

帳簿上の仕入れ単価は下がっていても、商品が売れなければ売上にはなりません。保管場所や管理の手間も増え、資金繰りを圧迫するかもしれません。

仕入れ担当者からすれば、安く仕入れるという仕事は成功しています。

しかし、事業全体から見ると、必ずしも成功とはいえないわけです。

人手不足を解消するために採用活動を行う場合も同じです。

人を増やせば仕事が回るようになると考えて採用しても、実際には業務の進め方に問題があり、人を増やしただけでは改善しないことがあります。

もちろん、人手が足りないのであれば採用は必要です。

ただし、何が原因で仕事が滞っているのかを確認しないまま人を増やしても、人件費だけが増える結果になりかねません。

マーケティング活動についても同様です。

広告費を増やして問い合わせが倍になったとしても、その問い合わせを受注につなげられなければ、利益が増えるとは限りません。

ここで問題なのは、仕入れも採用も広告も、それ自体は必要な仕事だということです。

必要な仕事だからこそ、その仕事を達成すること自体が目標になってしまう。

これが厄介なんです。

本来は利益を生み出し、事業を成長させるために行っていた活動なのに、いつの間にか「仕入れ価格を下げること」「人を採用すること」「問い合わせを増やすこと」が成功の基準になってしまう。

手段が目標にすり替わるとは、こういうことです。

一人ひとりが正しい仕事をしていても、会社全体では間違える

少し具体的な例を考えてみます。

ある小さな工務店が、売上を増やそうとして広告に力を入れたとします。

広告の効果が出て、月20件だった問い合わせが40件に増えました。

広告を担当している人にとっては、目に見える成果です。

ところが、この工務店では、現地調査や見積書の作成を社長が一人で担当していました。

問い合わせが増えたことで社長の仕事が追いつかなくなり、見積もりの提出が遅れるようになります。

その間にお客さんが別の会社へ依頼してしまい、結局、受注件数はほとんど増えませんでした。

広告費は増えたのに、利益は思ったほど残らない。

この状況で、広告担当者の仕事は失敗だったのでしょうか。

問い合わせを増やすという役割は、確かに果たしています。

社長も別にサボっていたわけではありません。むしろ、以前より忙しく働いているはずです。

それなのに、会社全体では思ったような成果が出ていない。

こうした状況は、特別に珍しい話ではないと思います。

組織にはそれぞれの役割があります。

営業担当者は売上を増やそうとし、製造担当者は効率よく商品をつくろうとする。経理担当者は無駄な支出を減らそうとします。

それぞれの判断が間違っているとは限りません。

しかし、各担当者が自分の仕事の成果だけを追いかけていると、事業全体の成果とかみ合わなくなることがあります。

経営学では、こうした問題を考える際に「部分最適」と「全体最適」という言葉を使います。

部分最適とは、個々の部署や仕事だけを見れば効率が良い状態のこと。

全体最適とは、個々の仕事のつながりまで含めて、組織全体として望ましい成果を生み出す状態のことです。

もちろん、小規模事業者には部署など存在しない場合も多いでしょう。

それでも、営業、仕入れ、商品づくり、顧客対応、経理といった仕事は存在します。

一人で何役もこなしている個人事業主であれば、今度は自分自身の仕事のなかで、同じような問題が発生するわけです。

だからこそ、「担当している仕事がうまくいっているか」だけではなく、「それによって事業全体がどう変わったのか」を確認する必要があります。

私たちは、自分の思い込みを事実だと考えてしまう

では、なぜこのような問題が起こるのでしょうか。

ここで参考になるのが、ピーター・センゲの『学習する組織』という考え方です。

センゲは、組織が継続的に学び、変化に対応していくための考え方を体系化しました。

そのなかに「メンタル・モデル」という概念があります。

メンタル・モデルとは、簡単にいえば、私たちが物事を判断するときに無意識のうちに使っている思い込みや、当たり前だと考えている前提のことです。

例えば、

「売上が足りないのだから、もっと広告を出すべきだ」

「忙しくて仕事が回らないのだから、人を採用するべきだ」

「社員が暇そうにしているのは、仕事の効率が悪い証拠だ」

こうした考え方も、メンタル・モデルの一例です。

もちろん、広告を増やすことで売上が伸びることもありますし、人を採用することで問題が解決する場合もあります。

問題なのは、それらの判断が間違っている可能性を検討しないまま、当然のこととして受け入れてしまうことです。

先ほどの工務店なら、「問い合わせが増えれば売上も増える」という考え方が、判断の前提になっていたのかもしれません。

しかし、実際には問い合わせから受注までの間に、見積もりという仕事が存在しています。

この仕事が追いついていなければ、問い合わせを増やしても期待した成果は得られません。

経営者が「もっと広告を増やそう」と指示しても、現場では仕事が増えるばかりです。

さらに、忙しさから見積もりの精度が落ちたり、顧客への連絡が遅れたりすれば、評判を落として将来の受注にまで影響する可能性があります。

ここで重要になるのが、同じくセンゲが重視した「システム思考」です。

システム思考とは、物事を個別の出来事として見るのではなく、互いにどのような関係を持ち、どのような影響を与え合っているのかを捉える考え方です。

この工務店の場合、広告、問い合わせ、見積もり、受注、施工、入金は、それぞれ独立した仕事ではありません。

一つの仕事の変化が、別の仕事に影響します。

広告を増やすという判断も、その後の仕事がどのようにつながっているかを考えなければ、適切かどうか判断できないわけです。

会社全体の成果を妨げているものは何か

ここで、ゴールドラットの制約理論に戻ります。

制約理論で重要なのは、事業全体の成果を制限している要因、つまり「ボトルネック」に注目することです。

ボトルネックとは、もともと瓶の首のように細くなった部分を指す言葉です。仕事に置き換えると、全体の流れを制限している箇所を意味します。

例えば、先ほどの工務店では、見積もりの処理能力が受注を増やすうえでの制約になっている可能性があります。

この場合、まず考えるべきなのは、広告費をさらに増やすことではありません。

社長が行っている仕事を整理し、見積もりに集中できる時間を確保できないか。

見積書の作成方法を見直せないか。現地調査の一部をほかの人に任せられないか。

そうした方法を検討しても対応しきれないのであれば、外部への委託や採用を考える余地があります。

もちろん、実際には見積もり以外の場所に問題があるかもしれません。そのため、問い合わせ件数だけでなく、見積もりの提出件数や受注率、対応にかかる時間なども確認する必要があります。

大事なのは、問題の原因を決めつけず、全体の流れを見ながら改善する場所を見つけることです。

すべての仕事を同時に改善しようとすると、人手も時間も足りなくなります。

特に、小規模事業者にとって経営資源は限られています。

だからこそ、今どこを改善すれば全体の成果が変わるのかを見極め、限られた力を集中させる必要があります。

そして、一つの問題を改善すれば、それで終わりというわけでもありません。

見積もりの仕事が円滑になって受注が増えれば、次は施工を担当する人手が不足するかもしれません。

今度は施工の仕事が、事業全体の成果を制限する要因になる可能性があります。

つまり、業務改善とは、一度問題を解決して終了する作業ではないということです。

事業の状況が変われば、改善すべき場所も変わります。

経営者だけが目標を理解していても意味がない

もう一つ、重要なことがあります。

それは、経営者が事業全体の目標を理解していても、その考えが従業員と共有されているとは限らないことです。

先ほどの工務店であれば、広告担当者は問い合わせ件数を増やすことが自分の仕事だと考えていたかもしれません。

そのように指示されていたのなら、当然のことです。

にもかかわらず、経営者が「問い合わせは増えたけど売上が伸びていないじゃないか」と責めたところで、問題は解決しません。

むしろ、広告担当者からすれば、与えられた仕事をきちんと達成したのに叱られたことになります。

これでは、組織内の認識がますます食い違ってしまいます。

ここで参考になるのが、センゲのいう「チーム学習」です。

チーム学習とは、単に全員で研修を受けたり、同じ知識を身につけたりすることではありません。

互いの考え方や経験を持ち寄り、対話を通して問題への理解を深め、チームとしてより良い判断や行動につなげていくことです。

例えば、広告担当者が「問い合わせは増えている」と報告したときに、社長が「それなら次は見積もりまでの時間を確認してみよう」と話す。

社長自身も「見積もりに時間がかかっているのは、自分が仕事を抱えすぎているからかもしれない」と考える。

そうしてお互いの仕事がどうつながっているのかを理解できれば、単に数字を報告し合うだけの会議とは違う結果が生まれるはずです。

ここで必要なのは、全員に経営者と同じ仕事をさせることではありません。

自分の担当する仕事が、事業全体の成果にどのようにつながっているのかを理解できる状態をつくることです。

それができていない組織では、誰も間違ったことをしていないのに、全体として間違った方向へ進んでしまうことがあります。

数字を増やすことが、仕事の目的になっていないか

ここまで考えてみると、経営の現場でよく見かける光景にも、少し違った見方ができるようになります。

会議のたびに大量の資料が用意され、売上や問い合わせ件数、従業員の稼働状況など、さまざまな数字が報告される。

分析資料には、何やら難しい横文字も並んでいる。

それ自体が悪いわけではありません。

数字を確認することも、分析することも、経営判断には必要です。

ただ、その数字を眺めて、結局何を判断したのでしょうか。

何かを改善するための行動につながったのでしょうか。

数字を集めることが仕事になり、資料をつくることが成果になり、会議を開くことが目的になってしまう。

そうなると、仕事を改善するための活動が、今度は改善しなければならない仕事になってしまいます。

資料をつくるための資料が生まれ、会議を効率化するための会議まで始まったら、なかなか見事なものです。

私自身、業務改善を仕事にする立場だからこそ、こういう状況には気をつけたいと思っています。

改善という言葉は便利ですが、何を改善したいのかが曖昧なままでは、仕事を増やす口実にもなってしまうからです。

むしろ、何かを始める前に、その仕事が本当に必要なのかを考えることのほうが重要な場合もあります。

売上を増やしたいから広告を出す。

人手不足だから採用する。

利益が少ないから経費を削る。

どれも間違っているとは限りません。

しかし、それが本当に今の事業に必要な改善なのかは、別の問題です。

一度、事業の目標に立ち返ってみる

もし今、事業が思ったように進んでいないのであれば、何か新しい施策を始める前に、一度だけ考えてみてほしいことがあります。

  • この事業は、どのように利益を生み出し、継続していくのか。 売上だけでなく、必要な費用や資金繰りも含めて考える。
  • その成果を妨げているのは、今どこにあるのか。 集客なのか、受注なのか、商品やサービスを提供する段階なのか、あるいは別の問題なのかを確認する。
  • 今取り組んでいる仕事は、その問題の改善につながっているのか。 長期的な効果も考えながら、続ける仕事と見直す仕事を判断する。

難しい経営理論をすべて理解していなくても、この三つを考えるだけで、今までとは違った問題が見えてくるかもしれません。

ただし、短期的な利益に直結しないという理由だけで、教育や安全対策、顧客との信頼関係づくりなどを無駄だと判断してはいけません。

それらは将来の利益や事業の存続を支える、大切な活動です。

重要なのは、目先の数字だけで判断することではなく、今の行動が将来を含めた事業全体にどのような影響を与えるのかを考えることです。

複雑な時代だからこそ、シンプルに考える

今は、経営に関する情報を手軽に入手できる時代です。

SNSを開けば、新しい集客方法や便利なツール、業務改善の手法などが次々と紹介されています。

生成AIを使えば、経営戦略らしきものも、立派な分析資料も、驚くほど簡単につくれるようになりました。

もちろん、そうした技術や知識は有効に活用すればいいと思います。

ただ、情報が増えたからといって、自分の事業で何を優先すべきかが自動的に決まるわけではありません。

どれだけ優れた手法であっても、解決しようとしている問題が間違っていれば、期待した成果にはつながりません。

むしろ、使える手段が増えたからこそ、何のためにそれを使うのかを見失いやすくなっている気がします。

ここでいう「シンプルに考える」とは、複雑な問題を無視したり、何でも利益だけで判断したりすることではありません。

複雑に絡み合っている問題のなかから、今、本当に考えなければならないことを見つけるという意味です。

経営者は、やろうと思えばいくらでも仕事を増やせます。

新しい施策を試すことも、分析することも、勉強することもできます。

しかし、使える時間もお金も無限ではありません。

だからこそ、何かを増やすことよりも、まず何を優先すべきかを判断する必要があります。

頑張っているのに成果が出ないとき、足りないのは努力ではなく、努力を向ける場所を見極める視点なのかもしれません。

あなたの事業が今、目指しているものは何でしょうか。

そして、今日取り組んでいる仕事は、その目標に本当につながっているでしょうか。

経営が行き詰まっているときほど、一度そこに立ち返って考えてみる価値はあると思います。